東京地方裁判所 昭和42年(ワ)9267号 判決 1969年1月20日
原告
河田美加恵
被告
有限会社誠商会
ほか一名
主文
一、被告光郷安正は原告に対し金六八万円およびこれに対する昭和四二年九月九日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二、原告の被告光郷安正に対するその余の請求および被告有限会社誠商会に対する請求を棄却する。
三、訴訟費用中、原告と被告光郷安正との間に生じたものはこれを二分し、その一を原告の、その余を被告光郷安正の各負担とし、原告と被告有限会社誠商会との間に生じたものは、原告の負担とする。
四、この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
事実
第一請求の趣旨
一、被告らは連帯して原告に対し一三六万九四三五円およびこれに対する昭和四二年九月九日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二、訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
第二請求の趣旨に対する答弁
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第三請求の原因
一、(事故の発生)
原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。
(一) 発生時 昭和四一年一月一四日午後六時頃
(二) 発生地 東京都葛飾区堀切三丁目二四番地
(三) 加害車 原付自転車(足あ三二六七号、以下甲車という。)
運転者 被告 光郷安正(以下被告光郷という。)
(四) 被害者 原告(歩行中)
(五) 態様 横断歩道上を歩行中の原告に甲車が衝突した。
(六) 被害者原告の傷害の部位程度は、次のとおりである。
頭部外傷、脳挫傷、前顎部骨折等の傷害
(七) また、その後遺症は次のとおりである。
嗅覚が消失し、味覚もほとんどなくなり、前頭部の頭痛が残存し、夜間には手先にしびれを感じる。
二、(責任原因)
被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(一) 被告有限会社誠商会(以下被告会社という。)は、被告光郷を使用し、同人が同被告の業務を執行中、後記のような過失によつて本件事故を発生させたのであるから、民法七一五条一項による責任。
(二) 被告光郷は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。
同人は本件事故現場を日常通り慣れていて横断歩道があることを十分知悉していたはずであり、またそうでないとしても絶えず前方左右を注意し特に横断者の有無およびその動静に意を払い、横断者を発見したときはいつでも停車しうるようにして甲車を運転すべき注意義務があつたにもかかわらずこれを怠り、脇見運転を継続したため本件事故を惹起した。
三、(損害)
原告は本件受傷のため、事故当日から昭和四一年三月七日まで葛飾民衆病院に入院し、同月一〇日から同年一一月二一日まで東京大学医学部付属病院に通院し、その間次のような損害を蒙つた。
(一) 治療費等
1 入院治療費 一四万三八三八円
2 付添看護婦、訴外吉田吉子のふとん代 四六八〇円
3 右訴外人に支払つた賃金 七万〇〇四〇円
4 通院治療費 一万八〇三七円
5 通院交通費 八六四〇円
6 薬品代(アリナミンおよびタンデリール購入費) 四二〇〇円
合計 二四万九四三五円
(二) 休業損害
原告は、右治療に伴い、次のような休業を余儀なくされ一二万円の損害を蒙つた。
(休業期間)事故当日から丸一年間
(事故時の月収)一万円(和裁の内職による収入)
(三) 慰謝料
原告の本件傷害による精神的損害を慰謝すべき額は、前記の諸事情および次のような諸事情に鑑み一〇〇万円が相当である。
被告らは原告の入院中に一度見舞いに来ただけで原告の蒙つた損害に対して何らの支払いもせず、全く誠意を示していない。
四、(結論)
よつて、被告らに対し、原告は以上合計一三六万九四三五円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四二年九月九日以後支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第四、被告らの事実主張
一、(請求原因に対する認否)
第一項中(一)ないし(四)は認める。(五)は否認する。(六)は認める。(七)は否認する。
第二項中、被告光郷が被告会社の業務執行中であつたこと、被告光郷が脇見運転していたことは否認し、その余は認める。すなわち事故当日は被告会社は定休日であり、被告光郷は全く私用のため同人所有の甲車を運転していたものである。事故発生の態様は別として、被告光郷に歩行車に対する万全の注意義務を怠つた過失があつたことは認める。
二、(事故態様に関する主張)
横断歩道から約一米離れた地点を横断中の原告と甲車とが衝突したのであり、しかも原告が急に横断し始めたため、被告光郷は避けることができなかつたのである。
三、(抗弁)
過失相殺
右のとおりであつて事故発生については被害者原告の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。
第五、抗弁事実に対する原告の認否
否認する。
第六、証拠関係〔略〕
理由
一、事故の発生
請求原因第一項の事実中、事故発生の態様および原告の本件受傷による後遺症の点を除きその余はすべて当事者間に争いがなく、事故発生の態様が、横断歩道から約一米離れた地点を横断していた原告に甲車が衝突したものであることは後に第四節で認定するとおりであり、〔証拠略〕によれば、本件受傷のため原告は今もなお嗅覚と味覚とを喪失しており、空腹感も満腹感も覚えないこと、神経が切断されているため額から頭の先まで痛み、その痛みは顔をまげるほどであること等が認められる。
二、被告会社の責任
先づ被告光郷が当時被告会社の業務に従事中であつたか否かを判断するに、〔証拠略〕によれば、被告会社は昭和三三年頃から定休日を毎月四日、一四日、二四日と定め、その定めは事故当時も継続していたこと、被告光郷(同人が被告会社の従業員であることは当事者間に争いがない。)は、昭和三八年頃私用に使うため甲車を購入したこと、事故当日(一月一四日)、被告光郷は被告会社が定休日であつたので西綾瀬に住んでいた友人訴外中川盛治宅を私用で訪問すべく、午後五時半頃千葉県市川市新田町四丁目一四〇八番地の自宅を甲車に乗つて出発し、その途上本件事故を惹起したこと等が認められる。
右認定事実によれば、本件事故発生時における被告光郷の甲車運転は、被告会社の業務とは全く関係のないものであつたといわざるを得ない。従つて被告会社に民法七一五条の使用者責任を認めることはできない。
三、被告光郷の責任
事故発生の態様そのものについての争いは別として、横断歩行者原告に対する注意を怠つて漫然甲車を運転した過失が被告光郷にあることについては当事者間に争いがないので、被告光郷は直接の不法行為者として民法七〇九条により、原告の蒙つた後記損害を賠償する責任がある。
四、過失相殺
〔証拠略〕によれば次の事実が認められる(以下の認定に反する証人渡辺三郎の証言および原告本人の供述はこれを採用しない)。
本件事故現場は、新小岩方面から堀切手千住方面に走る車道幅員一一米、歩道幅員各約三米のアスファルト舗装道路(以下本件道路という。)に、幅員四米の道路が丁字型に交わる交差点内であり、右交差点の新小岩寄りの本件道路上に幅員二米余の横断歩道が設置されている。なお事故当時(一月一四日午後六時頃)は既に日が沈み、照明を必要とする暗さになつていたことは当裁判所に顕著な事実である。
被告光郷は甲車のライトを点燈し、時速約三〇粁の速度で甲車を運転して、前記横断歩道の手前約五―一〇米のあたりにさしかかつたところ、横断歩道よりも一米ばかり向こう側で、歩道から車道に下りたあたりに原告が佇立しているのを発見した。しかし原告の動作が横断するのかしないのかあいまいであつたため、原告が横断し始める前に十分通過しうると軽信し、そのままの速度で進行を継続したところ、原告が横断し始めたので横断歩道の手前約一米のあたりで急ブレーキをかけた。しかし既に間に合わず、甲車の右ハンドルが原告の胸あたりに衝突し、原告はその場に尻もちをついて転倒した。当時甲車の進行した車線には他の車は走つておらず、対向車線は交通が渋滞していた。
右認定事実によれば、原告には歩行者として横断歩道外の横断を試みた過失(道交法一二条二項違反)とかかる歩行者として必要な甲車の動静に対する注視の義務を懈怠した過失とが認められ、また被告光郷には、先に示した争ない過失があり、これを詳しく言えば、横断歩道の直近に横断しようとして佇立していた原告を認めながら、原告は横断を開始しないであろうと軽信して何ら減速・徐行等の措置をとらなかつた重大な過失があるのであつて、双方の過失の割合は、原告につき二、被告光郷につき八と見るのが相当である。
五、損害
(一) 治療費等
〔証拠略〕によれば、原告はその主張どおりの治療を受け、請求原因の1入院治療費、2ふとん代、3看護婦に対する賃金、4通院治療費、6薬品代についてはその主張どおりの出損をし、5通院交通費については五四〇〇円(往復九〇〇円のタクシーを六回利用)の出損をしたことが認められ、右額を超える部分についてはこれを認めるに足る証拠はない。ところで以上の各損害はすべて本件事故による損害ということができるが、前示原告の過失を斟酌すると、そのうち二〇万円が原告の損害として被告光郷に対し請求しうる額と認める。
(二) 休業損害
〔証拠略〕によれば、原告は本件事故前内職の和裁により年間約一〇万円の収入を得ていたこと、原告は本件受傷のため丸一年間和裁をすることができなかつたことが認められ、原告は同額の損害を蒙つたということができる。ところで前示原告の過失を斟酌すると、そのうち八万円が原告の損害として被告光郷に対し請求しうる額と認める。
(三) 慰謝料
原告の傷害の部位・程度、前示後遺症の存在および同人の前示過失等諸般の事情を斟酌すると、本件事故によつて原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰謝料としては四〇万円が相当である。
六、結論
以上により、原告の本訴請求中、被告光郷に対する請求は、以上合計六八万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四二年九月九日以降支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、被告会社に対する請求は全部理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 倉田卓次 荒井真治 原田和徳)